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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6729号 判決 1956年9月20日

事実

一、原告(協力木材株式会社)は、訴外双栄建設株式会社(以下双栄建設と略称)に対し、双栄建設が東京都から請負つた建築工事等に使用するためとして、昭和三十年四月十一日木材二百三十一石を代金九十五万円で、同年同月十五日木材五十三石を代金十八万八千百九十六円で、同年同月十八日木材二百九十四石を代金百三十一万五千円で、同年同月同日木材百石を代金三十六万五百七十七円で、同年五月十六日木材二十二石を代金七万六千三百三十三円でそれぞれ売渡し、原告は前記木材全部の引渡を了したが双栄建設は代金総額二百八十六万円(金三万七百六円については支払を免除した。)のうち、金百三十万円を支払つただけで残金百五十六万円の支払をしない。よつて原告は双栄建設に対し金百五十六万円の債権を有する。

二、他方双栄建設は東京都に対し、都分譲住宅工業請負残代金百七十三万円の債権を有していた。

三、双栄建設は昭和二十八年四月頃経営不振のため事実上の整理をした会社であり、東京都に対する右債権が唯一の財産で、他に財産がない状態になつたにも拘らず、昭和三十年七月十五日、その債権者を害することを知りながら、東京都に対する右債権のうち金百二十万円を被告(城南信用金庫)に譲渡し、被告は同年八月二日東京都から金百二十万円の支払を受けた。

四、よつて原告は双栄建設と被告との間の前記債権譲渡行為の取消を求め、かつ被告に対し被告が前記債権譲渡により得た利得金百二十万円とこれに対する被告が前記債権の弁済を受けた翌日である昭和三十年八月三日以降完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金の支払を求めると述べた。

被告は、原告主張の請求原因事実のうち、一は知らない。二は認める。三については、被告が原告主張の日にその主張の債権を双栄建設から譲り受け原告主張の日時にその支払を受けたことは認めるがその余の事実は否認すると述べた。

理由

証拠によれば、原告は双栄建設に対し金百五十六万円の債権を有するものであることが認められる。

而して双栄建設が東京都に対し都分譲住宅第五四W一〇号工事請負残代金百七十七万円の債権を有していたところ、昭和三十年七月十五日右債権を被告へ譲渡し、被告が同年八月二日東京都から右債権の支払を受けたことは当事者間に争いがなく昭和三十年七月十五日当時双栄建設の債務は、原告に対する分も含めて金三百万円を下らなかつたが、財産としては東京都に対する前記債権が殆んど唯一のもので他にみるべき財産はなかつたことは証拠により明らかであるから、右債権を全部回収しても到底債務完済に足らない以上、右債権は総債権者の唯一の共同担保となつていたものというべく、従つてこれを他に譲渡することはその態容如何によつては詐害行為を構成するものといわなければならない。

思うに、詐害行為取消権は債務者が債権者を害することを知つてなした法律行為の取消を目的とするもので、債務者が他の債権者を害する意思を有せず、単に既存の義務をその時期に於て履行するために適法になした行為の取消をも請求することができると解すべきではない。債務者が既に履行期限の到来した債務を有する場合に於ては、債務者はこの弁済をなすべき義務を有し、他に債権者があるからといつてこの弁済を拒絶できないのと同様、その債権者に於ても債務者に対し弁済を請求する権利を有し他に債権者があるからといつてその権利の行使を妨げられることはないものといわなければならない。今本件についてみるに、証拠によれば、双栄建設は、その代表取締役風野清個人名義を以て、被告から昭和三十年六月十日金四十万円、同年同月二十日金十万円、同年七月十五日金七十万円、総計百二十万円を借り受け、双栄建設は東京都に対する前記債権を被告に譲渡することにより、右債務全部の決済を了したことが認められるから、右債権譲渡を目して詐害行為となすは一見当らざるが如くに思えるけれども、右各証拠によれば双栄建設の被告に対する債務の履行期は金四十万円と金十万円については借受けた日から三カ月後、金七十万円については約一カ月後であつて、いずれも昭和三十年七月十五日当時履行期は全然到来していなかつたこと、被告が右七十万円を双栄建設に貸付けた時、双栄建設の東京都に対する前記債権を担保とすることを条件にしたが、直ちにこの債権の譲渡を受ける約束はなかつたことが認められるから、右債権譲渡は元来双栄建設の被告に対して履行すべき義務に属するものではなく、もとより貸金債務の弁済と同視さるべきものでないというべく、しかもこれによつて債務者の一般財産の減少を来すものといわなければならない。

そこで進んで債務者の詐害の意思の有無につき考察するに、原告が双栄建設から交付を受けた金額三十五万円、支払期日昭和三十年七月十日の約束手形について双栄建設は、同年同月十五日に東京都に対する前記債権の支払をうけるまで原告に猶予を乞い原告が右債権の譲渡を要求したのに対し、東京都に対する信用上債権譲渡はできないし、今後も右債権を他に譲渡することはないと言明したことが認められるから、双栄建設がこの言明を飜し、突如右債権を被告に譲渡したことは、前記認定の、双栄建設が債務超過の状態にあり、右債権が殆んど唯一の資産であつた事実と考え合せて、詐害の意思を以てしたものというべく、証人風野清の証言によると、双栄建設は昭和二十五年十月頃から被告と取引を始めたが、その後営業状態悪化し、手形債務の支払不能が度重つたため、昭和二十八年三月被告から取引を停止され、取引再開後はやむなく最初は渡辺武名義、後には代表取締役たる風野清個人名義を以て取引してきたことが認められ、現に被告が金百三十万円を双栄建設のために貸出したことは前記認定のとおりであるから、被告と双栄建設とは浅からぬ取引関係にあつたことが窺われ、原告が双栄建設から交付を受け、昭和三十年七月十五日までに預金不足を理由に支払を拒絶された約束手形の支払場所がいずれも被告金庫玉川支店であつた事実と考え合せるとき、被告は信用金庫としての性格上、前記債権の譲渡を受けた当時双栄建設の前設資産状態は知つていたものと認めるのを相当とすべく、とすれば被告に於て、双栄建設の唯一の資産ともいうべき東京都に対する債権を譲り受けるに於ては、双栄建設に対する他の債権者を害するに至るべきことは当然予知していたものといわなければならない。

以上認定したところによれば本件債権譲渡行為が詐害行為を組成することは明かというべく従つてこれが取消を求める原告の請求は理由があり、被告に対し金百二十万円とこれに対する年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求も理由があるとしてこれを認容した。

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